花咲けど外山の霞立たざればまだふみもみず銀杏の並木- #UT 秋入学の件
「東大が秋入学へ全面移行」というニュースが出てきましたね。
「賛否両論」…というより、「賛成論」や「もう手遅れ論」すら目立っているように見えます。
アラフォーでぼっちの私には、全く関係のない話です。
ただ、「田舎公立高校から大学入学時に上京してきた」という自らの境涯を思うと、「それでいいの?」と疑問を抱いてしまいます。
まして、「国立大学は一斉に追随する方向」というニュースまで伝えられては。
そもそも。
ニュースを見る限り、東大は「入試は春に行い、秋までの半年間を『ギャップイヤー』とし、秋に学生を入学させる」という方針のようです。
すると、こんな疑問がわいてきます。
① 「入試」を「春」に実施して「入学者」を確定させたら、「入学時点」を「秋」に設定する意味がないのでは?
② 「ギャップイヤー」とされる「半年間」の「世話」は誰がするのでしょう?
③ そもそも「入学時点」を「秋」にすることに実質的なメリットがあるのでしょうか?
今日は夜も遅いのであまり深入りしませんけど、一方で「春に入学が決まってから半年間サスペンドされてしまう『学生』のケア」という問題を抱えつつ、他方では「春に定員が満たされた大学における『秋に来る学生』の受け入れ方」の問題も抱えているように思えます。
少なくとも、「ギャップイヤー」とやらに対して何の手当もしなければ、文化的資源に恵まれた学生とそうでない学生の間に元々存在している「ギャップ」が更に拡大するだけのように思えます。
何の知的ノウハウもない「田舎の公立高校生」が、「留学」とか「ボランティア」とかを効果的に実行することは難しい…というのが、田舎出身の私の率直な印象です。
(もっとも、「ゾンビワールド」ならぬ「MOGIワールド」においては、「学附(東京学芸大学附属高校)→東大」で「東大に来てレベルが下がったと思った」となるらしいので、「田舎者の戯言」など取るに足らないといったところなのかもですけど)
「国際競争力強化」に邁進するあまり、肝心な「学生(候補)の都合」が置いてけぼりになるようでは、さすがにどうかと思わざるを得ません。
「桜咲く」のが「春」なら、「春」に大学に入れてあげるのが「学生のため」ではないでしょうか。
ご自慢の銀杏並木の葉が落ちるまでは「どこかで修業してろ」では、ちょっといただけないですね…



